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京都地方裁判所 昭和42年(ワ)1025号 判決

原告 中華民国

右代表者中華民国駐日本国特命全権大使 陳之邁

右訴訟代理人弁護士 張有忠

被告 于炳

〈ほか七名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 小林為太郎

同 前川信夫

主文

一  原告の訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し別紙目録記載の土地および同地上の家屋を明渡せ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  本案前の答弁

1  原告の訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙目録記載の土地および地上家屋(以下本件土地、家屋と称す)は原告が昭和(以下略す)二七年一二月八日前所有者である訴外合資会社洛東アパートメントから買受け、三六年六月八日所有権取得登記を了した。

2  被告らは正当な権限なくしていずれも三六年七月頃以降本件家屋に居住を開始して、共同して本件家屋、土地を不法に占有している。

3  よって原告は被告らに対し、所有権に基づき本件土地および家屋の明渡を求める。

二  本案前の答弁

1  原告は「中華民国」と呼称しているが、中華民国は二四年一〇月一日中華人民共和国の成立によって消滅し、以来中華人民共和国のみが中国人民を代表する唯一の国家であるから、原告は本訴請求について当事者適格を有しない。

2  原告は被告らの本件家屋内における各占有部分を、従って本来各被告らに対し明渡請求をなすべき部分を特定せず、漫然抽象的に本件土地家屋全部の明渡を被告らに請求しているのであって、本訴請求は請求の特定性を欠いている。

3  ある国家で革命やクーデターの結果新政府が成立し、かつこの政府が外国によって承認されると、当該外国の管轄下に所在する旧政府所属の公有財産の所有権は新政府に移るという原則は国際法上一般に認められているところ、本件家屋たる光華寮が成立したのは国家の施設に留学生を収容して勉学の目的を果させ国家有用の人材を養成するという公益目的を達成するためであるから、光華寮そのものは国が人民のために設けた施設として公的性質のものであり、被告らの居住はこのような公的関係にもとづくものである。本件不動産は中国を代表する資格において所有して来た不動産ということができ、日本政府の中華民国から中華人民共和国への承認切替えによって当然に中華人民共和国にその所有権が帰属したものと言わざるを得ず、原告にはその所有権を主張する資格がない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1項中、本件土地家屋について原告主張の如き登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実中、被告らが本件家屋を占有し居住していることは認めるが、その余の事実は否認する。

四  抗弁

本件土地家屋は原告が所有権を取得したと称する二七年一二月八日頃には光華寮自治委員会が権利能力なき社団として自ら所有の意思をもって平隠公然に占有を継続して来たのでおそくとも三七年一二月八日頃には同委員会が時効によって本件土地家屋の所有権を取得した。

五  右抗弁に対する認否

取得時効の抗弁を否認する。光華寮自治委員会なるものは存在しないし権利能力なき社団は権利を取得することはできない。又自主占有ではないし占有の初めに於て自主占有であると信ずるに過失がある。

第三証拠《省略》

理由

一  三六年六月八日、本件土地、家屋が二七年一二月八日の売買を原因として原告に所有権移転登記がなされていること、被告らが本件家屋を占有し居住していることは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件家屋は戦時中、中華民国留学生の集合教育のため、その宿舎として訴外京都大学が同合資会社洛東アパートメントより賃借し、一〇〇名前後の留学生を居住させていた。終戦とともに右集合教育は廃止され、京都大学は引続き賃料を支払うことができなくなり、又留学生達も生活に困窮して賃料を支払うことも、他に居住先を見出すこともできなかったので光華寮と称しそのまま居住し続けた。当時本件家屋の所有者たる訴外洛東アパートメントの代表社員で本件土地の所有者でもあった訴外藤居庄次郎は賃料も得られず、さりとて同家屋を使用することもできなかったので本件土地・家屋を売却することとし国税庁その他との間に売買交渉をすすめたが、留学生が本件家屋に居住占有中であることが難点となって成立に至らなかった。

2  本件家屋に居住していた中国人留学生らは他の日本国内にいた留学生らとともに同学会を組織し、互に生活の救済にあたり、本件家屋においてもその管理運営について居住者が組織した自治委員会が処理していた。二二年になって戦争中日本軍が中国から掠奪してきた物資が発見され、留学生代表らがこの物資を処分して留学生の衣食住にわたる救済資金にあてるよう連合軍司令部に働きかけた。その結果物資売却金を以て留学生救済資金に充当することが決まり二五年五月二七日原告の代表機関であった中華民国駐日代表団が前記藤居庄次郎と交渉して本件土地、家屋を一括して金二五〇万円で買受け各所有権移転登記手続はなるべく速やかになすべきことを約して同日右代金を藤居庄次郎に渡し、土地建物売買譲渡証と右代金の授受を証する受領証が作成せられた。

3  その後右売買当事者間において登記手続がなされないまま二七年四月頃中日平和条約の発効を見るに至り、中華民国駐日代表団が解消し中華民国大使館においてその事務一切を引継いだ。藤居庄次郎は右契約後も数次にわたり前記代金以外の金員の交付を要求していたところ、二七年一二月になって原告と右藤居との間において、改めて同月八日付で本件土地家屋の売買契約がなされたが、登記がなされなかったので、原告は本件土地、家屋の所有権移転登記請求訴訟をなし、原告が勝訴し三六年六月八日二七年一二月八日の売買を原因とする登記がなされた(登記の点等は当事者間に争いがない)。

4  四一年頃になり原告は本件家屋に居住している留学生らに対し、四〇年五、六月頃から寮の幹事会と自称するものが中華民国駐大阪総領事館の本件家屋に対する管理を阻害したとして家屋の明渡ないしは借用契約を締結するよう通知した。本件家屋の管理については従来より寮生の自治組織たる自治委員会が寮生の募集、管理、運営の一切を行っており、原告やその駐大阪総領事館がこれに関与したことはない。

以上の認定事実によると本件土地、家屋はその資金の出所使用目的からして中国が在日中国人留学生のため引続き寮施設として使用するために買受けた公有、公共用財産といわなければならない。

さて、わが国と中国との外交関係は、二〇年八月一五日わが国が中国を含む連合国に降伏しその占領下に入り、その状態は二六年九月八日の対日講和条約成立まで続いたこと、その間の二四年一〇月一日中国の北京では中華人民共和国が成立宣言を行いそれまで対外的に中国を代表していた中華民国政府は台湾とその周辺諸島を支配するに過ぎなくなりこの状態は今日尚続いていること、しかし当初中華人民共和国を承認する国は社会主義国家のみで国連の代表権も中華民国政府がもっている有様であった等の諸事情のためわが国は二七年四月中華民国政府と日華平和条約を結び中国と戦後の新しい外交関係を樹立したこと、しかしわが政府はその後方針を変え四七年九月二九日中華人民共和国を承認して新たな外交関係を樹立したこと、この時わが政府は中華人民共和国政府との共同声明において、日本政府は中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する旨宣言するとともに従前の日華平和条約は存続の意義を失い、終了したものと認められるとの政府見解を発表し、中華民国との外交関係を断絶したこと、又台湾地域は日本政府が中国に返還したもので、中華人民共和国が同地域を中国の一部であると主張することを理解し尊重する意図である旨を表明したことは公知の事実である。

このようにある国家に革命が起り新しい国家が成立したが旧国家もその領土の一部を支配して事実上併存し、承認の変更があった場合外国にある公有、公共用財産に対する支配権がどうなるかということは国際法上難しい問題であるが当裁判所はわが国が中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認している以上中国の公有である本件財産に対する所有権支配権は中華人民共和国政府に移り中華民国政府の支配を離れたものと解する。

尚鑑定人安藤仁介は外国公館のような国家の代表機能に直接係るものであること以外のものは、事実上の支配関係、用途、性質、取得時期を考え個別的に帰属を判断すべきであるとしているがそうした点を考えても本件財産が中華人民共和国政府の支配下に入ったという結論を変える必要はないと考える。従って本件不動産に対する所有権支配権が原告にあることを前提とする原告の本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく理由がない。

尚わが政府が中華人民共和国政府を以て中国に於ける唯一の合法政府であると承認したことを考えると原告の当事者能力自体を問題とせねばならないが原告が今尚台湾とその周辺諸島を支配し事実上の国家形態をとっていることは否定できない事実であってそうしたものといえども対外的な私的取引その他より生じた紛争の解決をわが裁判所に求めることはもとより差支えないことであり当事者能力まで否定する必要はないと考える。

三  よって原告の本訴請求は権利保護の資格がないのでその訴を却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊地博 裁判官 小北陽三 亀川清長)

〈以下省略〉

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